暗闇の中にぽつりぽつりと街頭だけが流れていく。ハルヒの姿はいっこうに現れない。

 奇しくもまた以前と同じ状況だ。

 俺がハルヒを探すために走る。まさか再びそんなことになろうとはな。

 だがあの時と違ってゴールが見えてこないってのが厄介だ。坂道を下って高校を目指すのとハルヒの姿を

探しながら道路をただ走り続けるのでは体力の消耗が違う。精神的にも参っちまうぜ。

 どこにいやがる。まさかもう家に着いちまったってのは勘弁してくれよな。俺はお前の家に行ったことは

ないんだ。前回もそれで苦労するハメになった。ループを止めたら絶対に行ってやるから覚悟しやがれ。

「はあ……はあ…………くそ」

 ハルヒの姿はまだ見えてこない。全速力で夜道を走っていると不思議な錯覚に陥る。まるでいつかのよう

にこの世界にハルヒは存在しないのではないかという思考が俺の頭の中で渦巻く。

 消失事件のときもそうだった。ハルヒが北高からいなくなって俺は心底参ってしまった。ハルヒのトンデ

モ行動から開放されったてのに、俺はもう二度とハルヒに会えないのは御免だった。もう一度ハルヒに会い

たい。会ってSOS団を、元の世界を取り戻したい。そうして藁をも掴む思いで俺は走ったのだ。

「ちくしょう」

 朝比奈さんが教えてくれた交差点まで来てしまった。ハルヒとはいつもここで別れるのだと言う。俺はそ

れぞれの道に視線を奔らせるがハルヒの姿はない。どれだ、ハルヒはどの道だ。迷ってる暇はない。

 俺は道を一つ選んで走る。時間がない、間違えたら終わりだ。いてくれよハルヒ。

 暗闇の中をもたつく足で走り続けた。耳元の風切り音なんてとっくに聞こえていない。

 ハルヒも長門もSOS団もこの世界も助けてみせる。俺はもう一度ハルヒの無理難題に振り回されながら

も楽しく過ごしていた日々を取り戻したい。長門が読書に勤しむのを眺めて、朝比奈さんの麗しきお姿とお

茶を楽しみながら、古泉の下手糞なボードゲームに付き合って、ハルヒが勢い良く部室のドアを開けて何か

面白いことを思いついたような不敵な笑みと共に現れるのを待っていたい。そして時たま鶴屋さんの明快な

笑い声があって、なんだったら国木田や谷口も馬鹿みたいなことに巻き込んでやろうじゃねえか。俺はそん

な世界がいい。だから、そのためには。

「ハルヒ!」

 

 いた。

 

 黒い髪にリボンをつけてこちらを見ている顔は一度見たら二度と忘れることができないてあろうもので、

それは涼宮ハルヒで間違えようがない。

 やっと見つけた。

 俺は続く声を発しようとしたが、息が切れてうまく出せなかった。その代わりにふらりと一歩踏み出した

ところで、既にハルヒが俺の目の前まで近づいていた。

「あんたこんなとこまでどうしたの? そんなに息切らして、汗だくじゃない。あれ? あんたあたしの家

知ってたっけ? あ、もしかしてストーカー? そんなのお断りよ、もしそんなことしたら」

「ハルヒ」

 俺はまっすぐハルヒを見つめた。ハルヒの声が止まる。

 その目には僅かな不安が隠れていた。隠したって気付くさ、ハルヒ。こっちだって半年も一緒に過ごして

りゃそれぐらい分かる。

 なあ、ハルヒ。

 どうしてループなんかしようとした?

 お前は無意識だったのかもしれないが、心の何所かではそう思ってたはずだ。ループしてこの不安から逃

げてしまおうと考えちまったんだ。それがどんなものなのか俺には分からん。でもな。

 もっと俺を頼りにしやがれ、この馬鹿。

 夏休みにループに気付けなかったのも長門が暴走したのも俺のせいだ。ハルヒが消えちまったとき見つけ

出したのは俺だが結局元の世界に帰れたのはハルヒのおかげだった。馬鹿なのは俺の方だ。

 そりゃあ俺を頼れと言う方がどうかしてるが、お前の不安を聞いてやることぐらいはできる。もしかした

ら力になれるかもしれん。俺じゃなくてもいい。長門だって朝比奈さんだって古泉だって誰だっていい。ル

ープさせようとしちまうぐらいなら誰かに不安をぶちまけちまえ。案外簡単に解決するかもしれねえぞ。

「ハルヒ」

 だが、直接ハルヒにこう言うわけにはいかない。ループ云々はもちろん、「お前の不安は何だ」と聞いたと

ころでハルヒは答えてくれんだろうし、いきなり頼りにしろと言ったところでどうなるかも分からん。ハル

ヒが不安に思う程のもんだ。古泉ならうまく聞き出して解決するのかもしれんが、生憎俺にそんな器用なこ

とはできない。

 ならば俺が言うべきことは何だ?

 不安を取り除く方法なんて分からん。だが、別の方法ならある。

 そうだ。形は何でもいい。言っちまえ。

「ハルヒ、明日の夜。見せたいモンがある」

「明日? 何があるのよ」

「そりゃあ、アレだ。……うん。あれだ。とにかく、見せたいもんがる」

 ハルヒはどういう顔をしていいのか迷った挙句。怒ったような顔で、

「何なのよそれ、まあいいわ。分かった。明日ね」

「ハルヒ、絶対に世界をやり直そうとか思うんじゃねえぞ。絶対だ」

 ハルヒはキョトンとしたあと、

「バッカじゃないの? それより明日、つまんないものだったら承知しないわよ」

 と言って、何故だか嬉しそうにして帰っていった。

 

 ハルヒの後姿が見えなくなるまで見送った後、俺は携帯電話を取り出した。

 明日まで待っててくれよ、ハルヒ。

 

 

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