俺はハルヒを連れて夜の山道を歩いていた。ハルヒはループするのを待ってくれたらしいと、朝自分の記

憶があることを確認して知ることが出来た。だが未だいつループするか分からない危うい状態ではある。

「キョン、まだなの?」

「もうすぐ着くさ」

 階段を登りきると、街が一望できる拓けたところに出た。

 そしてそこには。

「あ、有希にみくるちゃんに古泉くん! どうしたのみんな集まって」

 ハルヒは朝比奈さんや長門と話している。どうしてここにいるのか聞いてるみたいだ。だが残念だなハル

ヒ、その二人は何も知らんぞ。俺の電話でここに来て貰っただけだからな。

 古泉が俺に向かってウインクしてきた。やめろ気色悪い。だが、どうやらうまくいったみたいだ。

「で、ちゃんと説明しなさいよ。見せたいものって何」

 ハルヒがさながら刑事ドラマの悪徳刑事ばりに俺に詰め寄ってくる。俺は片手でハルヒを制止しながら自

分の腕の時計を見た。そろそろだな。

「ちょっと、キョン」

「ハルヒ、あっちだ」

 俺は視界の拓けた方向へと指差した。俺の指に追随するようにしてハルヒがそちらを向いた瞬間。

 ドン!

 と花火が上がった。

 街の灯りを下にして暗闇の中に大きな花火が広がって、SOS団全員の顔を照らす。

「うわあ綺麗」と朝比奈さんが素直な感想を呟き。

「これはこれは」と古泉。

「…………」と長門は無言で黒い瞳に花火を映していた。

 そしてなんとまあ、珍しくハルヒまでもが何も言わずただ花火を見つめていた。

 ……というか古泉、お前は用意した側だろうが。次々と打ちあがる花火を三人娘が見つめ続ける中、俺は

ただ一人こちらに視線を向けている野郎を少し離れた所にジェスチャーだけで呼んでやる。

「うまくいきましたね。あなたと涼宮さんの到着が遅いものですから内心焦っていましたよ」

 全くだ。ハルヒをここまで連れてくるのにどんだけ苦労したと思ってんだ。花火を上げてくれと頼んだの

は俺だが、場所指定は古泉、お前だぞ。

 古泉はいつもの微笑のままで、

「ここからが一番綺麗に見えるのですよ。それと『もう一つ』の方はここからでないと見えませんしね」

「だとしても、なかなか大変だったぜ」

「それは失礼しました。僕としては、あなたに頼りにされて張り切り過ぎてしまったのかもしれません」

「まあ、今回は長門には頼らないと決めていたしな。お前しかいなかったんだ。急に頼んじまって悪かった

な」

「いえいえ、世界がループするのを止めていただけたのですから、これぐらいは当然です。少々無茶をして

しまいましたが」

 そりゃあまあ冬に花火は残ってないだろうからな。というか、さっきから景気良くポンポン上がってやが

るが、古泉お前いったい何発用意したんだ。

「そうですね。何発かは忘れてしまいましたが、ちょっとした国家予算くらいのお金は使いました」

 開いた口が塞がらなかった。しかし、俺が頼んだことなのでアホかと一蹴することもできん。ううむ。ど

うしたことか。まさか請求書とか届かないよな。この歳にして借金背負いは勘弁願いたい。

「ふふっ、冗談ですよ」

 と古泉が笑いやがった。お前が言うとどこまで冗談なのか分からんからやめろ。後で金貸してくれと泣き

ついても俺の小遣いは既にお前らのコーヒーやらカプチーノやらに変換されてるから無いぞ。

「それよりも、涼宮さんがこれでループを止めてくれるかどうかの方が心配です。あなたがもっと確実性の

高い方法を選んでくれれば助かったのですが」

 そんな方法があったとは初耳だ。

「以前にもお話したと思いますが。簡単なことです。あなたが涼宮さんの耳元でアイラブユーと囁けは万事

解決ですよ」

アホか。そんなもん恥ずかしくてできやしねえ。俺はそっちの方がリスキーだと思うぜ。そんな馬鹿なこ

とをしたらハルヒがどういう行動に出るか分かったもんじゃない。

「おや、そうですか? 涼宮さんがどういった反応をするのか僕には想像できますが」

 古泉は微笑のまま冗談っぽいポーズ付きでそう言いやがった。

「もっとも、あなたが選んだ方法です。僕はそれに反対しませんし、それが最善の方法だとも思っています。

結局のところ涼宮さんのことを真に理解しているのはあなたなのですよ」

 古泉の理屈は理解できんが、まあ多少はハルヒが次に何をするのか分かってきたところだ。それは長門や

朝比奈さんや古泉にも同じことで、俺も伊達に半年付き合ってきたわけじゃないってことさ。

「ですから」

 古泉は自分の腕時計を叩いてみせて、

「あとは、よろしくお願いします」

 まかせろ、と言う代わりに手を振って、俺はハルヒの元へと歩き出す。

 

 

 黒い夜空をカラフルな花火が塗りつぶしていくのをハルヒの横で眺めていると、ハルヒが独り言を呟くよ

うに話し始めた。

「あたしね、すごく不安なの。なにがどうって具体的にあるわけじゃないんだけど。ただ少し考えちゃうの。

これからSOS団はどうなるんだろうって。みくるちゃんはあと一年もしたらいなくなっちゃうし、高校生

活が終われば離ればなれになっちゃうじゃない。そしたら、もうこの楽しい日常は二度とやってこない。楽

しいだけならあるかもしれないけれど、それはまた別のものであって、今こうして過ごしているものじゃな

い。だから、あんたの言った通り、少し思ったの『このまま楽しい日が終わらなければいいな』って」

「…………」

「でも、それはやっちゃ駄目なんだって気付いたわ。もしもあたしにそんな能力があったとしたら、それは

とっても卑怯なことなんだって。でもね、それでも不安には勝てなかった。あたしはSOS団がなくなるこ

とが怖かった。花火を見ても、綺麗で楽しいとは思うけど、それと同時にいつかはなくなってしまうんだな

って不安になっちゃうのよ」

 ハルヒは言い終わると空を見つめたまま黙り込んでしまった。

 俺だってそう思うさ、ハルヒ。SOS団がなくなって欲しくない。そう思ったからこそあの消失した世界

で俺は必死に駆けずり廻ったのだ。SOS団を再び取り戻すためにな。お前もそうだった、消失世界の髪の

長いハルヒも俺の看病をしてくれていた元のハルヒも、SOS団の、そして団員の事を第一に考えていた。

 でもな、ハルヒ。何も心配することはねえんだ。

 夜空に花火が上がる。

 なぜなら―――

 

 俺も長門も朝比奈さんも古泉も、SOS団が大好きなんだからな。

 

 花火が弾け、空に広がったのはいつかハルヒが描いたSOS団のシンボルマークだった。

 どうだハルヒ、これがお前への贈り物だ。

俺一人ではない、古泉の協力がなければ花火はできなかったし、朝比奈さんの情報がなければハルヒに辿

り着けなかったし、長門の一言がなければ俺は行動すらできなかった。そしてハルヒ、お前がここまで来て

くれたのもだ。誰か一人欠けても達成できなかった。

だから、これはSOS団全員の贈り物だ。

 SOS団全員の瞳にそのマークが映しこまれ、いつまでも焼き付いていた。

 

「キョン」

 ハルヒがこちらを向いて、

「あたし、決めたわ。これから何があってもSOS団を守ってみせるって、卒業なんて知ったことじゃない

わ。そんなもの程度でどうにかできると思ったら大間違いよ。だからこんなちっぽけな不安如きに負けてら

れないわ。そうと決まれば突っ走っていくんだからね!」

 そこにはもう不安を隠した瞳はなく、少し間を置いてハルヒは照れながら、

「……ありがと」

 そうだ、ハルヒ。お前はそっちの方がいい。何があろうと前を向いてりゃいいんだ。憂鬱になろうが溜息

をつこうが退屈になろうが、例え消失しても暴走しても動揺しても、陰謀に巻き込まれても憤慨しても、分

裂して驚愕することになっても、俺たちがなんとかしてみせる。だからハルヒ、お前はただ前を向いて進め

ばいい。それがお前なんだから。

「ハルヒ」

「何よ」

「これからもよろしくな」

 ハルヒは空に咲いた太陽のようなとびきりの笑顔で言った。

「もちろんっ!」

 

 

 もうハルヒがループなんて起こすことはないだろう。

この先、もしもSOS団の誰かに被害が及ぶことがあれば俺は何度でも走り廻ってやるさ。

 だから、宇宙人だろうが未来人だろうが超能力者だろうが異世界人だろうがかかってくるといい、そのと

きはハルヒ率いる俺たちSOS団が相手になってやるとしよう。

 

 

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