十二月三十一日。

 今年も残すところあと数時間となった。まさか奇想天外なことに巻き込まれ続ける一年になると誰が予想

できただろうか。

 長門のマンションへと集結したSOS団はハルヒの腕によってプロ級の味が保障された年越し蕎麦を食べ

ているといった具合である。常識力以外でのこいつは認めざるを得ないな。全く。

 トランプをしながら待っていると、ついにその時がやってきたようだ。

 年末特番をやっていた各民放が一斉にカウントダウンを始め、

「ハッピーニューイヤー! あけましておめでとう!」

 とハルヒが叫んだ。年越しだから許される音量であって普通なら近所迷惑だぞ。

「さあ、身内だからって挨拶を怠ってはいけないのよ。親しき中にも礼儀ありね。ちゃんと挨拶はすること!」

 と、ハルヒが正座したのに倣って俺も正座をし、SOS団全員で円の形になった。

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 手をついてお辞儀と新年の挨拶をする。こういう風習が日本の良さというものなのだろうな、と俺がしみ

じみ思っていると、

「じゃあお待ちかねのイベント、初詣でに行くわよっ!」

 こいつは絶対騒ぎたいだけだな。

 

 

 おそらく一年で一番人が訪れるであろうその日の神社は予想した通り参拝客で賑わっていたが、そんなに

大きな神社でもないごく普通の神社なので混雑状況もそれなりといった感じである。

 というわけで、程なくして列の最前に到達した。

「やっとついたわね。さあ、神様に願い事をかなえてもらいましょ!」

 なんともハルヒらしい物言いだが、七夕のときといいこいつは神をなにか勘違いしてるんじゃないだろう

な。すまん。というか、こいつが神みたいなもんだったな。なにも神様に頼まなくたって、願いを叶える力

はお前にだってあるんだぜハルヒ。

 ハルヒはにんまりと笑いながら賽銭箱に五百円も入れていた。

 「こういうのは気前良くやっとくものなのよ。そうすれば神様だって願いを叶えてくれるわよ。間違いな

いわ。キョン、あんただってお金をいっぱいくれた人には優遇してあげたくなるでしょ?」

 神様はそんなケチ臭くないと思うがな。つまるところハルヒ的神様への要求は『お金いっぱい入れといて

あげるからあたしの願いを叶えなさい』ってことらしい。きっと神様も困り顔になっていることだろう。

 しかしどんなことを願ったのかね。世界が崩壊する系はお断りだぜ。

「そうねえ。まずはとっても不思議なことが起こることと、SOS団の世界規模での繁栄でしょ。それから

世界平和に……そう、あとはあんたがちゃんと進級できるように頼んどいてあげたわ」

 そりゃどうも。俺も無事に高校生活を送れるよう頼んどいたところさ。

「いい? 結局はあんたの成績にかかってるんだからちゃんと勉強しなさいよね。有希やみくるちゃんや古

泉くんは何をお願いしたのかしら」

 

 

 後ろに並んでいた三人が戻ってくるのを待ってから俺たちはおみくじと甘酒を求め境内を歩いていた。

「ややっ。そこにいるのは、ハルにゃんに有希っこにみくるに古泉くんにキョンくんっ!」

 この底抜けに明るくて聞いているだけで悩みなんか吹っ飛んでしまうような気分にさせてくれる声の持ち

主などこの世に一人しかいないだろう。誰だか言うまでもなく分かるよな?

「あけましておめでとうございます。鶴屋さん」

「わははっ。あけましておめでとう!」

 この人はいったいどこまで明るく元気なのだろうな。きっとどこまでも続くのだろう。泣き顔なんてのを

見るハメになったらハルヒが消失するクラスの異変が起こってると見て間違いないはずだ。

「やあっ、みくる! 今年もよろしくねっ。帰り道はちゃんと送ってもらうんだぞっ」

「今年もどうかよろしくお願いしますね」

 この二年生コンビはいつまでも仲良くしていてほしいものだ。見てるだけで俺の心が安らぐからな。

 鶴屋さんが丁寧にも一人ひとり新年の挨拶を済ませたところでハルヒが何かに気付いた。

「あら? 鶴屋さん、その手に持ってるのって甘酒?」

「そうだよっ。あっちに行けばもらえるさっ」

 鶴屋さんが指差した方向にはどうやら甘酒を配っている所があるらしかった。鶴屋さんによるとそっちに

おみくじやお守りなんかが集中しているらしい。

「良かったら鶴屋さんも一緒にどう?」

「うんにゃ、お誘いは嬉しいんだけどね、これから家で新年会をしなきゃいけないのさっ。おやっさんが新

年の挨拶はしっかりしとけって言うもんだからねっ。そうだっ、そのかわり今度スキーにでも行こう! う

ちの別荘の近くにスキー場があるんだっ。きっとみんな楽しめるよっ」

 鶴屋さんはハルヒの誘いを断る代わりに別荘の招待券という驚愕のプレゼントをくれた。しかもスキー付

きだ。ハルヒもこれには面食らったようで、一瞬ことばに詰まっていたが、それもほんの数フレームだった。

ハルヒは逡巡する間もなく、満開になった桜のような笑みになって、

「ほんとに!? ありがとう鶴屋さん! みんな、ちゃんとお礼を言うのよ!」

 鶴屋さんは憚ることなく笑ってみせ、

「なんのなんのっ、でもいつになるかは分かんないけどねっ。雪があるうちには行けるようにするっさ」

 と言ってまた笑っていた。この人には敵わないな。

「じゃあまた今度っ」

 鶴屋さんは大きく手を振って帰っていった。ううむ。どうしたらあそこまで人間が出来るんだろう。おそ

らく俺は一生かかってもたどり着けないだろうな。たぶんこの世界で鶴屋さん以外にあのポジションが務ま

る人など存在しないだろう。なんてったって鶴屋さんだからな。

 

 

 甘酒を無事手に入れ、ちびりちびりと飲む。屋外なのもあるかもしれんがこうして飲んでみると意外とう

まいもんである。

「わぁ、おいしい」

 と朝比奈さんはご満悦のようだし、

「…………」

 無言ながら長門もまんざらではない感じで、

「あったまりますね」

 古泉がなんとも絵になるような感じで呟き、

「あら、意外においしいわね」

 とハルヒは一気飲みである。もうちょっと味わって飲め。てか、お前意外にってなんだ。言い出したくせ

にうまそうとか思ってなかったのか。

 甘酒を飲んだ後はおみくじを引いた。ハルヒはそこに居た巫女さんを見て、

「しまった。迂闊だったわ。みくるちゃんに巫女装束着せるの忘れてた。本場の巫女さんにだって負けない

くらい可愛いはずだわ」

 朝比奈さんが可愛いのに異論はないが勝ったところでどうするつもりなんだこいつは。ハルヒのことだ、

神社をのっとりだしたりしかねん。罰が当たって元旦から寝込むのも嫌なので触発しないよう黙っておくと

しよう。

 では、肝腎のおみくじの結果発表としよう。俺が引いたのは、

「む」

 小吉である。なんとも言い難い結果だな。ここは凶でないだけマシだと思っておこう。

 長門も朝比奈さんも古泉もそれぞれ思い思いの表情でおみくじを見つめている。朝比奈さんなんかは熱心

にそれぞれの運勢をみながら、はあ、とか、うーん、とか考えているようだ。

 ハルヒ? ああ。どうせ超吉あたりを引いているんじゃないか。珍しくなにやら考え込んでいたしな。

 まあ、本当かどうかはご想像にお任せするとしよう。

 

 

 おみくじを結び、することもなくなったので帰ることとなった。

「よし、それじゃあこれで終わり! やりたい事も全部やったし。楽しかったわ。しばらくはゆっくりする

こと。風邪とかひいたら大変だから気をつけなさい。また連絡するわ。では、解散!」

 こうして『今年に悔いを残さないためのSOS団活動・in年越し!』は幕を閉じた。

 それぞれ分かれて家路へとつく。

 俺は心地よい疲労感と達成感と伴に古泉としばらく歩いていた。

「なんとか無事に終わったな」

「そうですね」

「なあ、古泉」

 俺は古泉を見た。その一瞬、前を向いていた古泉の表情が変わった。

 

 ――あの夏休みと同じ、奇妙な表情に。

 

 息が詰まった。ただ古泉の表情が揺れ動いただけだ。なのに、俺の脳裏には奇妙な映像が流れてくる。

 既視感。

 あの終わらない夏休みが蘇ってくる。不意をつかれたと言ってもいい。油断していた。

 まだ終わってはいなかった。いや、まだ始まってすらいなかったのだ。

 そして、俺に追い討ちを掛けるように古泉の口が開かれた。

「どうやら、お話ししなければいけないことが出来たようです」

 

 

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